Tiger Uppercut!〜ある秋田人の咆哮

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中国見聞録 〜坂上雲 二百三高地にて咆哮す

第三軍の指導者層の無能ぶりをつい愚痴ってしまったが、
この時代、すべての軍人がそうだったわけではない。

むしろ「坂の上の雲」を読むと、
海軍も陸軍もすべからく優秀な指導者と現場スタッフに恵まれていたし、
現実主義、合理主義、楽観主義、能力主義に貫かれた、
実に魅力的な侍の方が多かったと思う。
実際、そここそがロシア帝国よりも優位な点だったし、
日露戦争は最終的には、

「ロシア帝国に侵略されずに退けた」

という意味において勝利したのだから。
日本人はとても優秀であり有能だったといえる。

もちろん、この旅順も多大な犠牲を払いつつも結局は陥落した。
旅順攻囲戦の局面の大きな転換点となったのは、
第三軍の参謀たちから作戦&指揮権を一時的に剥奪したことだとされている。
もちろん、いろんな見方があるだろうが司馬遼太郎はそう言っている。
そして、かわりに指揮をとったのが有名な児玉源太郎だ。


(日本を救った英雄の1人、児玉源太郎)

そもそも旅順攻囲戦の目的というのは、
旅順港に温存されているロシア艦隊の砲撃&無力化にあるのだ。
1つ1つあの強固な殺人要塞を陥落させなければならないということではない。
であれば、港までの視界良好で射程距離であるこの二百三高地を陥落させて、
ここから二八サンチ榴弾砲をもって撃ちまくればいい。


(白玉山から旅順港を 左側にターゲットのロシア艦隊は停泊していた)


(二百三高地から旅順港を なるほど中央奥に視認できますね)

本来は、東鶏冠山などのような強固な防御を持った要塞正面に、
肉弾突撃しまくる必要はなかったのだ。
最初からここに兵力集中させるべきだったのが、
例の参謀たちはそれをやらなかった。
その間、敵はこの二百三高地というウィークポイントに気付き、
この山のような丘のようなこの場所に悠々と防御工事を施した。
そして児玉源太郎によって二百三高地攻めが行われた際には、
すでに圧倒的防御力を持った鉄壁の要塞として立ちはだかった。


(当時の二百三高地 とてもオドロオドロしくまさに死の山だ)

大量の死者を出した激戦の末、
ついにこの二百三高地は陥落した。
そしてそれがキッカケになって、1ヶ月後に旅順要塞も陥落した。



幾万の日本人が、
単純にこの山頂に登るために、ここで一挙に死んだのだ。
ここから頭上に降り注いだ無数の機関銃の弾丸。
まさに地獄だっただろう。
この山は文字通り、日本人の血を吸ったのだ。

「いつか二百三高地の土を抱き締めたい」

というのが長年の夢だったが、
今回の旅でついに実現できた。



100年前の先輩のみなさま、
日本のために死んでいただき本当にありがとうございました。
ここでの奮闘の末に、今の私たちの社会はあります。
ここに来て、この人々のことを想って、そして日本をまた好きになりました。



素直な感謝の気持ちのあとに、

「平和な世界を」

今更ながら、そういうことを思いました。







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