Tiger Uppercut!〜ある秋田人の咆哮

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中国見聞録 〜坂上雲 東鶏冠山にて震える

旅順と第三軍についての話をもう少ししたい。
この旅順にいると、どうしてもこのことについて思い出して、
こらえようのない感情に震えるのだ。


(第三軍の司令部が置かれた柳樹屯は前線から遙か後方・・)

大本営は第三軍の作戦に問題があるとして何度も暗に再検討の要請をしたが、
それにも関わらずいかに指摘をされてもその方針を変えようとせず、
ただ単に大本営には、

「砲弾をくれ」「兵員の補充を」


(大事に大事に使わなければならない日本の貴重な砲弾)

としか言ってこない。
そして補充した砲弾と兵員を持ってまた無策にも同じことを繰り返し、
日本人を旅順の土にするのだ。
もうやってられない、というのが関係者の正直なところだっただろうが、
しかし実際に、

「旅順がおちなければ日本は終わってしまう」

という状況にいささかの変わりもない。
そこで、この第三軍へ新たな攻城砲が送られることになるが、
その際にも第三軍は当初、「送ルニ及バズ」という電報を打っている。
砲科の専門家として、砲床を築くコンクリートが乾くまで2ヶ月はかかり、
送られたところで使用するには不可能だというのがその理由とのこと・・。

しかし結果的には、
大本営から送られた「砲床構築班」というスペシャルチームによって、
わずか9日で使用できうるまでになった。
今の時代もこういうグダグダ言うだけで役に立たないエキスパートはいるが、
この時代にもいた。
しかし日本にとって不運だったのは、
その人が日本の運命がかかった旅順にいたのだ。
そして皮肉にもこの、

「二八サンチ榴弾砲」


「陸戦において大いなる役割を果たした二八サンチ榴弾砲」

という巨砲が日本を救う役割の一翼を担うのである。
この日本を救った特殊部隊の子孫がいればぜひお会いしてお礼を言いたくなる。
仕事でも何でもそうだが、
生半可の知識や常識で物事を限定して考えてはいけない。
基本、不可能はないのだ。
明治の実像というのはこんな人々が大勢いて、
伸び伸びと生きていた時代だと私は信じている。


また、第三軍の動きはいつも敵にバレバレだった。
なぜなら必ず十三日か二十六日に総攻撃を仕掛けてくるからだ。
よって敵はいつもこの日に攻撃をしかけてくる相手への準備を十分にした上で、
この北堡塁で待っている。
敵にすれば不思議でしかたがないだろうが、
もちろん味方にとっても不思議で仕方がなく、
大本営から使者がそのことをただしに行くと、
参謀はこう返答したという。

理由は三つ。
一つ。火薬の準備のため。火薬は一ヶ月経つと風邪をひき効力が薄れる。
二つ。南山を攻撃して成功した日が二十六日で縁起がよい。
三つ。二十六という数字は割り切れる。つまり要塞を割ることができる。

とても大勢の命を預かり国家の命運を賭けて戦う作戦を考える参謀とは思えない。
これじゃあ兵も死ぬだろう。
参謀というより占い師だ。


うーん、他にもいろいろ第三軍について腹の立つことはあるんだけども、
終わりがないのでとりあえず書くのはやめる。
日本人ならぜひ「坂の上の雲」を読まれたし。

しかし同じ日本人に対してあんまりこういう非難をしたくはないのだけども、
この場に立つとどうもやりきれないのだ。
ここはそういうやりとりの行われた場所。
何も知らないで前線で戦って死んでいった日本人たちの、
この行き所のない無念はどこに行く。




と、北堡塁の青い青い空を見上げて身震いす。







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