Tiger Uppercut!〜ある秋田人の咆哮

タイガー!タイガー!アッパカーッ! 秋田の歴史、文化、グルメ、時事、そしてステキな未来を書き下ろし!
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「kanna」
息子は学校で「かんな」というあだ名で呼ばれているそうだが、
彼はそれがあまりお気に入りではないらしい。
ヘンな他意はないようで、
ただ「か」のつく名前だから「かんな」ってだけのことのようだけど。
少年の心は繊細なんだろうたぶん。
そうは見えないけど。


ところで思いっきり話はかわるが、
ついこないだの時代まで農村は桶・樽なしでは成立しなかった。
現在のようにプラスチック製品がまったくない時代のことだ。

米や水を入れたりなどの様々な生活容器や
風呂桶、味噌桶、酒樽などの貯蔵容器、さらには輸送用の大型容器などは、
農村には生活必需品なのであり、
そのため、桶や樽への活力ある持続的な需要があったのだ。
昭和初年。
たった70戸くらいだった我が集落にも専業の桶職人が2軒もあったというから、
相当の需要があったことがここからもわかる。
今ではたかが桶がと樽がと、とても想像がつかないことだけれども。





もちろん私の農村だけでなく、全国的にもこの桶樽は必需品であり、
特に江戸期はその技術が発達したことにより、
より精巧で頑丈で大型の樽が出現し、
菱垣廻船、樽廻船などに大きな影響を与え、
江戸期の経済にも大きな活力を与えた。
当時、上方から江戸に送られる「下りもの」と呼ばれた産物は、
すべて樽に入れられて江戸湾にきたのだ。



地味なキャラクターだけども、
かつてのその社会的な存在感はとても大きなものだったのだ。


その桶・樽の製造を可能にしたのが、鉋(かんな)の出現なのだ。


ある時代までは日本に鉋はなく、手斧などで面を平らかにしていたそうだが、
中国から入ってきた鉋の出現ではじめて面を鏡のように平らにすることができ、
精密な職人仕事ができるようになったらしい。
こうなれば技術民族・日本人の十八番だ。
事実、中国で鉋はすたれ、日本でいきいきと発達した。
それがまた、桶・樽の需要をさらに大きくしていったのだ。





そして実は、私の祖父は桶職人だった。




その農村にあった2軒のうちの1軒が私の家なのだ。
田畑も何もなく、自分の腕に鉋一本で家族にメシを食わせる祖父。
そのおかげで祖母や父や叔父さんが育ち、私が生まれ、彼が生まれた。
その源であり桶樽職人である祖父は、
鉋(かんな)なしでは一寸の仕事もできなかったのだ。
つまり、私たちの家族は鉋の恩恵を燦々と受けている家族だといえる。


おいおい、そう考えると、
俺たちにとっては、とてもいいあだ名じゃないか息子よ。






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6万もらったらソッコーでホテル連れ込まれたぞ!!!
しかも洗ってない俺のくっさ欧ぅ謄ヌポにパックンチョwww

なんだかんだで6回くらいイかされたしな!!
オレも性 欲強いほうだけど、こんな女にゃ勝てねぇよ!!wwww
http://noq43r1.chun.qawsed.info/
| へらちょんぺ | 2010/06/14 11:30 PM |










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