Tiger Uppercut!〜ある秋田人の咆哮

タイガー!タイガー!アッパカーッ! 秋田の歴史、文化、グルメ、時事、そしてステキな未来を書き下ろし!
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実は秋田は納豆のくに


納豆の発祥をめぐっては秋田か水戸かの論争があるらしい。
後三年の役の際に兵糧としてつかっていた、

「俵に入れた豆が腐ったのを勇気出して食べてみたら意外とうまかった」

というのが定説らしいが、
その兵糧を使った軍というのは源氏のヒーロー「源八幡太郎義家」率いる
いわゆる官軍だった。
そういわれると秋田説に分がありそうな気もするんだけども、
その官軍はこの秋田の地に来るまでに常陸も通ってきているだろうから、
結局どっちが発祥なのかよくわからない。

しかし、それはどっちでもいいとして927年前。
「源八幡太郎義家」がその名を世に知らしめたデビュー戦である「後三年の役」。
その主戦場だったこの仙北平野という大広野には、
れっきとして納豆を食べる文化が約1000年の間、連綿と続いているのだ。

同じ秋田県でも海側の秋田平野に住む私としては、
納豆は秋田のものではなく県外のものだとずっーっと思って生きてきたのだが、
この平野の人々は非常に納豆と密接な生活をしている。
ちょっと前までは各家々で自家製の納豆を製造して食べていたという。
そんなことをまるで、スクランブルエッグでも作るくらいの気軽さで言う。
現在でもこの地域には、小規模な納豆屋さんがたくさんある。
その長たる物がヤマダフーズなどの大工場だろうし、
そこでは「納豆汁」という他地域ではなかなかおめにかかれない代物もあるのだ。

ということで、県南まわりで田根森の街道沿いにある小さな村の納豆工場へ。
ここは見かけによらず大町にも出店している勢い旺盛な納豆屋で、
「日本一高い納豆」で有名な「2代目 福治郎」
ご主人がきさくなお方で、工場の奥の奥までご案内いただきました。


ここで手づくりの「日本一高い納豆」をつくっています


原料はこのようにすべて国産の豆です


「日本一高い納豆」の豆を手にするご主人


これは納豆をペースト状にした「納豆汁の素」なんだそうです


数々の賞状をバックにするシブイ納豆職人のご主人

10年ほど前にヤマダフーズの工場を拝見させてもらったことがあるが、
それとはまるで違う感じ。
まず当たり前ですけど。
あっちは「工場」でこっちは「工房」という感じしますね。
umaiものをつくるならやっぱこっちでしょう。
ということで力の限り購入してさっそく自宅で試食。


これが「日本一高い納豆」の「鶴の子」 これで500円します


豆の食感がGood!

あまりに高いのでご飯にかけるにはちょっともったいない。
素材を味わうために塩納豆にして酒の肴に。


そしてこちらは主力商品の安い納豆

県南のスーパーでならどこでも売ってるというさもない納豆。
実は個人的にはこちらが本命でした。
高い納豆はそれはそれでいいけども、
やはりこういう普通の納豆がどうか、ということで何かを感じたいのだ。















いやーほんと素晴らしい納豆でした。
私がいつも普通に食べている納豆とは決定的に「後味」が違う。
なんといってもこの食後に長々と続く余韻を愉しむことができるのが、
この納豆のなんともなんともステキなところだ。
特にひきわりはそれがとても濃厚だった。
上の写真を見ていただければなんとなくわかりますが、
このちょっと潤ってる感じがたまらない。
他の納豆とは納豆菌の質も量も違うんじゃないかと思ってしまうくらい。
うーん、仙北平野の風と土を思い出す。

このへんには地名も、
後三年、耳取、精兵などなんともあの戦乱を想起させるような、
実に味のある素敵なネーミングの地名がたくさんある。
路上の案内板を見るのが楽しい。
実際、この精兵、耳取のあたりは沼柵(雄物川町)から、
八幡太郎の最終目標である金沢柵(仙南村)までの一直線の街道沿いにある。
途中の精兵村のあたりでは、精鋭を駐屯させて練兵したりしたんだろうし、
耳取のあたりでは敵の幾多の捕虜の耳を削ぎ落としたりしたのかもしれない。
ドラマチックな楽しい想像は尽きない。
しかし、このあたり出身の友人に聞くと、
精兵さんというのは実は「川だか堤だかを開いた人」の名前らしい・・・。
うーん・・・この真実は聞かなかったことにしよう・・・。

大平野に吹く颪を避けるように寄り添い集まってできあがっているその集落。
そしてその集落のひとつひとつには八幡神社が。
時代はかわって、高気密高断熱の住宅になっていても、
おそらく1000年の昔から、
基本となる生活の原形は変わってないんじゃないかと思ってしまうほどの光景だ。
今この場所で納豆と飯で腹ごしらえをし、
敵の群がる金沢へまっしぐらに駆け上がる源氏の関東騎馬兵団。
鎌倉革命はこのときに端を発しているという人もいる。

源義家(八幡太郎)から数代後の源頼朝、義経ら源氏の子孫たちの活躍を、
「平家物語」として人々に語ったのは琵琶法師だったが、
八幡太郎のこの地での活躍を今になってなお雄弁に語っているのは、
この「仙北平野の納豆」だ。

秋田においては納豆は、単なる腐った豆ではないのだ。






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