Tiger Uppercut!〜ある秋田人の咆哮

タイガー!タイガー!アッパカーッ! 秋田の歴史、文化、グルメ、時事、そしてステキな未来を書き下ろし!
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「菊地山三郎」を追え! 〜そして現地へ


白馬寺はとりあえずおあずけだ。
「名もなき少年兵」は白馬寺ではなく現地に埋葬されたという
しっかりもののソーウエモンの記述があるのだからそれが正しいはずだ。
白馬寺に埋葬されているのはどうせ73歳の「山三郎」のほうだろう。
ということで、

 「野沢権内はこの秋田人の少年の立派さに感心し、
  下淀川の地蔵堂に埋葬し、中淀川の寺に回向を託したという。」


この一文に出てくる、
「下淀川の地蔵堂」、「中淀川の寺」というキーワードを洗って見るべく、
現地に赴いたことがある。



この福部羅の地に立ってみると当時の情景が浮かぶ。
迫り来る二番大隊、放火しながら退却する官軍兵・・。

しかし、「山三郎」少年は相手が悪かった。
なにしろ庄内兵といったら、
「たそがれ清兵衛」や「隠し剣鬼の爪」のモデルとなった人々だ。
あの映画の真田広之や永瀬のような剣豪をイメージすれば近いかもしれない。





こんな鬼みたいなヤツらが相手なのだからそりゃ相手が悪すぎだ・・。


とりあえず現在時点でこの淀川地域にある寺にはすべて訪問して、
運良く住職たちと話をすることができたが、
このepisodeに関してはまったく知らず、
手がかりさえもつかむことが出来なかった。
この役立たずのハゲ坊主どもめ、
とは決して誓って思っておりませんホントですごめんなさい。
だって、それもそのはず。
中淀川の寺はいずれも禅宗だったが当地への創建はいずれも明治後で、
その前の出来事に関しては知らないとのこと。
それはもっともだ。



ということは、
明治元年当時にこの中淀川に存在した寺をあたらないといけないだろう。
そして、その寺の現在の所在がわかれば、
少しターゲットに近付くことができるかもしれない。

と思っていたところ、
最後に訪問した寺のご住職から、

「以前から中淀川にあった寺が、
 明治の廃仏毀釈の関係か何かで淀川から立ち去り、男鹿に行ったらしい」


という情報は得ることが出来た。
ありがとうお坊さま。


となると、次のアクションとしては、

・中淀川から男鹿に移った寺を探すこと
・下淀川の地蔵堂の発見と周辺での聞き込み調査


に絞られたわけだ。

・・・と、
ここまできて白状しますがこの状態になってからもう軽く2年がたちます・・。
はっきり言って難航しているんです・・。

何か情報ありましたらお願いいたします。
名もなき少年兵が待ってます。。。







「菊地山三郎」を追え! 〜まさか翁だとは・・ から読む





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