Tiger Uppercut!〜ある秋田人の咆哮

タイガー!タイガー!アッパカーッ! 秋田の歴史、文化、グルメ、時事、そしてステキな未来を書き下ろし!
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ベースボールに飢えた野獣

私は実は今でも野球をやっている。
とはいってもヒジと肩とおまけにアキレス腱に爆弾を抱えた監督なので、
「やっている」とはあんまり自信持って言えないのだけれども。

まあそれでも野球はいいもんだ。
今シーズンはメンバーにも恵まれたこともあり会社でスポンサードもし、
けっこうな割合で週末はユニフォームを着ている。


(華麗なフォームで打ちまくる1番セカンドの人)

もうこのチームを10年近くやっているが、
今シーズンからはベースボールに飢えた野獣であるところの外国人助っ人が、
来日して参戦していることもあり、
今シーズンはこれまで5勝1敗1引き分けと、
これまでにない輝かしい戦績を残している。

彼も最初は日本人の投手に慣れてないせいかBoneーheadが多かったが、
さすが国では「ボルティモアの危険なサイクロン」と呼ばれていただけあって、
先々週は最終回の同点タイムリー、今週は先制タイムリーと打ちまくっている。
さすがベースボールの国、Americaから来ただけのことはある。
彼を山王の街角でスカウトして入団まですべて世話をした私にとっても、
とてもハッピーなことだ。

特に夏場に入ってからは彼の打撃成績と比例するように、
チームの快進撃はすごいものがあり、
先週もサヨナラ勝ちで今期3度目、2週連続のサヨナラ勝ちをキメてしまった。
となると、打ち上げの酒が超umai!


(中央左がベースボールに飢えた野獣であるところのアメリカ人)


(一生懸命に鳥の羽を焼くみなさんにもおなじみの使用人)



夏の打ち上げといえばやっぱりビーチハウスでBBQ!
これもメジャー流。





これはベースボールに飢えた野獣が作ってくれた「American Kabobs」。
パイナップルがモアスイーターでumai!



俺もヒジ壊してなければなあ・・・。
と、いつも思ってセンチメンタルになるんだけどもあとのカーニバル。
それでも今シーズンは、
ベースボールに飢えた野獣であるところの外人加入のおかげで、
かなりベースボールを楽しんでます。


さあ、これから秋の戦線!
ハッピーな打ち上げには、
きっと私が岩見三内で採ってきたキノコが出てくるだろう。
ぜひ、みんなをシビレさせてあげたい。
3日くらい寝込むくらい。






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| T U | スポーツから | 15:44 | comments(3) | trackbacks(0) |
この長い旅が終わる頃には

自分がそう育ってきたからというのが理由の大半なのだけども、
男子を育てるにあたって「野球」というものは非常にいい仕事をするものだと思う。
ということもあり、
まだ彼がバブーバブーいっている頃から野球に興味を持つように育て、
そして教えてきた。

そしてようやく小学3年生になり、野球部(まあスポ少なんだけど)に入り、
この夏休みも彼は野球漬けの毎日だった。
おかげで親であるところの私も、
「子どもの野球縛り」のホリデーを余儀なくされているんだけども、
まあそれはそれなりにね。
頑張るつもりですよ。

うれしいことは、
彼はかつて私の卒業した小学校の同じチームに所属しているということ。
親子2代、いや3代かな?これは幸せなことだとつくづく身にしみます。

そして意外なことは、
現在この小学校は非常にレベルが高く全県でもトップチームなのだ。
私の時代から考えると冗談のような話だけども、本当だったのだから私も驚いた。
指導者などがいいんだろうな。
それも彼らにとっては幸せなことだと思います。
私が小学校のときの野球の監督は、
生涯野球などやったことのない大学を出たてのミスヨーコだったのだけれども、
今はそもそも制度が違うんですね。
これではやはり指導者で差がつくのもさもありなんだろうと。


いずれにせよ真夏の先日、殺人的な猛暑の中で新人戦が行われ、
彼も生涯初の公式戦のグラウンドの土を踏んだ。
そして私も前日は大事な会合があったために朝まで飲んでいたにも関わらず、
早朝からネットを張るためにグラウンドの土を踏んだ・・。





生まれて初めての背番号は「5」でした。
グローブを買ってあげて大喜びしていたのは何歳の頃だったか。
網の奥でいっちょまえにサードを守っているところ見ていると、
前日まるで寝てないことも忘れます(すぐ思い出すけど)。


そして人生初打席!


おお〜いっちょまえだごど〜

この小さな背番号「5」をつけた8番サードの初打席は投ゴロでした。
そのあとなぜか3安打と打ちまくったのは、
親父を寝させないための神様の嫌がらせだろう。
おかげで熱中症寸前でした。


結果は惜しくも準優勝 上出来だよ




さあ、彼は今から「野球」という名の長い長い旅に出る。
この旅が終わる頃にはどんな人間になっているだろう。



どこを通過していくにせよ、
終着駅だけは間違えることないよう見守っていたい。






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| T U | スポーツから | 11:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
スタジアムに響き渡る歓声を


「ピッチャー、ウイリアムスに代わりまして、藤川
                  9番、ピッチャー藤川。背番号22」




このアナウンスが聞こえてくるといつも泣きそうになる。
というのは、打たれそうだからということではなく(いやそれもあるか・・)、
鳥肌が立つということだ。


http://www.youtube.com/watch?v=e446gkBt-Tg&feature=related



私は実は熱狂的阪神ファンなのだ。
これをあんまり言うと社名の由来と誤解されるので自ら言わないようにしているが、
私は実は阪神ほんと好きなんです。
2003年に優勝したときは声をあげて泣きました。
ほとんどの阪神ファンが声をあげて泣いていたんだけどもね。

そんな私を見て育った息子もやはり熱狂的阪神ファン。
漢字もローマ字もすべて野球中継をみて覚えた。



さあ開幕。
今年は息子が生まれて初めて野球部にも入るシーズン。



every little thing every precious thing





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| T U | スポーツから | 00:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
六甲おろしに颯爽と
一昨年、こまちスタジアムで阪神戦を観戦したとき、
もう一生のうちでこまちで阪神戦なんてないと思っていたのだけれども、
意外にも機会はすぐに訪れました!

誰に感謝したらいいの?
ヤクルト?フジテレビ?AKTの事業部?
いずれにせよ、とてもうれしい。
マッチメイクしてくれ方に感謝の意を申し上げます。


外野の入場口でさえ人でたくさん!


こんなに人が集まるイベントが秋田にあるんでしょうか?


私に阪神教育を施されてしまった息子


カミさんの理解もこのように得ています


さ〜〜!はじまりますよ〜〜!!!


プレイボ〜〜ル!!!


レフトスタンドはずーーーっとお祭り状態!


いや〜この二日間、ほんと楽しかったです。
阪神ファンでほんとによかった〜〜!!!
大阪や札幌、博多、広島などなどの球団のある地域がうらやましいです。
秋田にも球団欲しいなあ。
楽天はそろそろ「仙台楽天ゴールデンイーグルス」にしてもいいと思います。
日本海に球団を!





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JUGEMテーマ:スポーツ


| T U | スポーツから | 01:55 | comments(2) | trackbacks(0) |
I was the 野球少年
私が野球少年だったということは、なぜか意外の部類に入る話らしい。

しかし実際の私は野球少年もいいとこで、
それもヒーロー街道まっしぐらのスーパー野球少年だった。
当時は体格にも恵まれていこともあり、
小学校3年生の頃から上級生を差し置いてレギュラーとして試合に出場し、
5年生の頃にはマウンドに立ち、6年生になると数々の強い相手を倒した。
私がマウンドで投球練習を始めると、
敵のスタンドから「オーーーーッ!!」というどよめきが聞こえるようになった。
このままいくと全県優勝してしまうと思った最後の大会で、
なぜか岩見三内あたりにコールドで負けた。



中学校に入っても一年からマウンドに立ち、
2年生の頃には背中に「1」がついた。
急速がみるみるupし、変化球は思うようにslideし、

「このままいくとプロに入らなければいけなくなってしまう・・」

と本気で悩み抜き、
「事業家としての夢」と「プロ入り」の狭間で、
思春期の私の心はかなり揺れ動いた(笑うところですよ!)。

しかし転機はやはり訪れた。
右ヒジ遊離軟骨。



今でもあの「ピリッ」ときた瞬間を覚えている。
そこですぐに治療に入れば良かったのだが、
練習用マウンドの側には、
私を見に来ている女性ギャラリーたちがたくさんいたし(ほんとですよ!)、
その方々の期待に応えるためにも私は投げ続けなければならなかった。



元来、悲劇のヒーロー好きの私は、
「痛くても投げ続ける悲運のエース」を演じているこの状況がたまらなく好きで、
試合中のマウンドでは「背番号のないエース」を口ずさみながら、
一生懸命ヘロヘロの球を投げ続けた。



それが拍車をかけてさらに事態は悪化した。
鼻唄を歌う余裕はどこかに消え、腕が痛くて箸も持てなくなるようになった。
メシは左手でスプーンを持って食べ、
ごはんはおにぎりに、おかずはハンバーグなどに。
そして、私はグラウンドから遠ざかった。
毎日、毎日、陸上部のように走る日々。
9年間で最も楽しいだろう最後の期間に、私はグラウンドではなく、
来る日も来る日も路上で一人で走っていた。



その間、いくつもの整形外科や整骨院に通っても状態はまったく好転せず、
親父は藁をもつかむ思いで県内中の整形外科や整体師を駆け回り、
ついに最終道場にたどり着いた。
そこは怪しげなハゲオヤジが一人でやってる自宅兼治療所のようなところで、
薬といえばタイガーバームのみ、報酬はたいへん高い。



あまりにも信用ならない胡散臭い雰囲気に満ちているので、
最初のうちはそこに通うのが嫌だった。
いつも夕方に学校から帰ってくる娘さんがあんなにキレイな人でなければ、
通い続けることは絶対になかったはずだ。



しかし、そこは実のところ超一流だった。
私はそのハゲオヤジから、野球に対する考え方、ケガに対する考え方、
うまく投げれるフォームなどなど必要なことを次々と教わった。
そして何日か通うと、待合室の「うしろの百太郎」を一緒に読んでる、
私と同様の境涯の人たちの顔ぶれがものすごいことに気付いた。
当時、秋田で野球をやっていれば誰でもわかるような、
あこがれの甲子園スーパースターの顔ぶれがそこにあったのだ。

最初はどうせみんなあの娘を狙いにきているんだろうと思っていたが、
どうも様子が違い、

「娘も狙いつつ、ケガも治したい」

という意欲に満ち溢れていた。
さすが一流の選手たちは凡人とは全然違うと思ったものだ。
それに比べて自分はケガに対して本気で向き合っていたのかというと疑わしい。
どちらかというと「7:3で娘」だったと思う。
しかし、どちらも120%で臨むのが一流というものだったのだ。
私は一流と自分とのギャップに正直に驚いたし、素直に自覚もした。

「自分が一流だと思っていたのは実は冗談だったのだ」

と。
私の蒙は啓かれた。
そして整体の老師の指導のもと、みるみるうちにヒジは回復した。
私のいない1ヶ月半、代わりのピッチャーとチームがよくやってくれ、
最後の大会は全県大会に出場できた。
実に15年ぶりの全県出場で、前回出場したときは我々が生まれた年だった。
さらにそのときは全県制覇していたので地域住民の期待は最高潮に高まった。



そして私はマウンドにあがれるまでには回復した。
最大の武器であるストレートの球速も戻り、
理想のフォームで思いっきり投げれるまでに復活した。
しかし卑怯なことに誰にも言わなかったが、
実はまともに投げれるのは3回がいいとこだったのである。
ちょっと投げるともう指の感覚がなくなり、どうしようもなくなった。
だから力の入らなくてもいいスローカーブを多投した。

最後の大会。
八橋で優勝候補の秋田北中との試合。
1-0ビハインドでの終盤、五回裏一死一、三塁のピンチで登場。



あのときマウンドにあがったときの大きな大きな歓声を今でも忘れていない。
結果、ストレートは走っていたが、例のスローカーブを打たれた。
打たれた安打は1つだけだったが2点が入った。
試合が終了してマウンドから降りるときにはもう指の感覚がなくなっていた。

真っ向勝負のスローカーブだったと思う。
号泣の涙とともに、野球はもう吹っ切れた。
I was just a 野球少年.





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| T U | スポーツから | 01:09 | comments(2) | trackbacks(0) |
ジョーブ博士にあいたい
元野球少年の私は現在も野球チームに所属している。
私はそこで監督をしているのだが、
人数が少ない上に野球経験者が3人しかいないので、
今でもしっかりフィールドで活躍している。
30代もなかばになる来シーズンにおいてもおそらくそれは変わらないだろう。



監督でありながら人事権はない。
あまりに私情を挟んだ采配をするのでさっぱり勝てず、自ら返上したのだ。
現在、キャプテンにそれがある。
私に人事権があった頃は試合後の打ち上げのたびに、
レギュラーの座をつかもうと、
私に水割りをつくりに来る選手達で行列が出来ていたモノだ。

「白河の 清きに魚 すみかねて もとの濁りの のたりのたりかな・・」

ああ、あの頃に戻りたい。
そんな状況ながらここ数年は、
「一番サード」ということで定着している。
はっきり言ってゲームをつくるには欠かせない人材だ。
監督ですけど。



しかし今期の最終戦、鉄壁の守備を誇る私がなんと連続エラー。
しかもすべて点につながる致命的なエラーだった。

それらのすべてが暴投だ。
少年時代に壊したヒジと肩が治っていないのだ。
ここ数年はだましだましサードを守ってきたけども、後半は腕の感覚がなかった。
もう限界にきている。

来シーズンはライバルチーム(50代後半が主力)の主将が東京勤務から戻ってきて、復帰した。なんとしても負けられない大一番が続く。
1日だけでもいいから痛みを抑える方法がないものか。



誰か治してもらえませんか〜〜〜???





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| T U | スポーツから | 01:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
金足農★嶋崎監督評
農家でない私からすれば金足農など縁がないと思っていたが、
一度だけ校門をくぐったことがある。
中学校2年の冬。
嶋崎監督の野球教室だ。



いかにも理論派でないこの監督。
お家芸はなんとスクイズ。
今年の秋田県予選決勝の秋田高との戦いでは何度も何度もスクイズをし、
見ている我々を大いに笑わせてくれた。



しかし嶋崎監督は名将なのだ。
実際に秋田で甲子園ベスト4、ベスト8という実績を残した監督というのは彼しかいない。毎回、毎回いいチームを仕上げてきて、甲子園で健闘する。
'84年には準決勝にて桑田&清原率いる史上最強PL学園を追い詰めたのであるから、間違いなく名将に違いない。



当時、カーブのキレが思い通りにいかずに悩んでいた私は、
この伝説的な野球人から少しでもヒントを得ようとして、
初めての野球教室で少し緊張していたが、勇気を出して質問をしてみた。
そのとき返ってきた回答は、

「まがるどおもえばまがるなだ」

「おぢあいのようになげれ」


・・・。
私は少年ながらもはなはだ疑問を抱いたものだ。
「おぢあい」とは前後の文脈から現在、中日監督の「三冠王・落合博満」氏のことを指すのは間違いないように思われたが、
彼のように投げろとはいったいどういうことなのだろう。



だって彼はファーストを守っているのであって、
ファーストが試合中にカーブを投げるなどとは見たことも聞いたこともない・・。

一応、曲がると思って投げてもみたし、
自分なりに落合のように投げてみたりもしたが、
カーブのキレはいっこうに戻ってこなかった。
あのアドバイスは私のような凡人にはどうしても理解が出来なかった。

名将の名将たる所以だろう。
来夏も期待しています。





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| T U | スポーツから | 01:47 | comments(2) | trackbacks(0) |
巨人にエールを!


昨年、何十年かぶりに秋田で巨人戦が行われたが、
最近のプロ野球を考えるとき、現在の状況がいまいちフィットしない。

なぜかというと巨人が弱いからに他ならない。
生粋の阪神ファンの小生ですが、
今や阪神は超人気アイドル球団のように扱われ、それに伴う様々な迫害を受けている。
信じられない。
役回りが逆だろうが!


昔、読売ジャイアンツという凶暴な球団があった。
球界に君臨する盟主であり、
絶対的に強く、
絶対的に悪で、
絶対的に人気があるという最悪の球団だ。
それに立ち向かう非力な英雄・源九郎判官タイガース。
自らの生い立ちや境遇を考えるとき、幼心にタイガースに魅かれたものだ。
小よく大を制す。
こういう構図があったために70年代生まれの自分は80年代、
すなわち少年時代のすべてを野球に捧げた。
どっぷりつかり、阪神を応援し、愛した。

その巨人がここ数年なんというザマだろうか・・。

巨人になんとか強くなってもらいたい。
とは言わない。
せめて金を使ってもらいたいのである。
巨人の持ち味といえば、
経世会のような金の使い方に他ならない。

数年前、巨人は4番ばかり集めるから弱い、なんてことが言われたが、
そんな何を今更的な論に負けて、
今では名前も聞いたこともない爽やかで好感度が高く年棒の低い新人や、
2軍の微妙なスターばっかり集めている。
ちょちょっと走れるヤツや、
守備のうまいちっちゃいヤツ、
練習をたくさんする真面目なヤツ、
秋田でのスタッツを見てもそんなやつばっかりで好感度高くて目を覆いたい。

これでは巨人の持ち味はまったく発揮されない。
そんな小市民的で善良なたとえば広島のような感じの良い球団がやるようなことをしてはいけない。

巨人は4番ばかりをそろえなければいけない。
しかも大金をかけて世界中から集めてこなければならない。
全員4番でもいいではないか。
クリーンアップが全員バテレンだっていいではないか。
金ネックレスのデブばっかりだっていいではないか。
何が悪いのか。
有力な新人にもたっぷり親父に金をつかませて
いいヤツを根こそぎ持ってこなければならない。
裏金なんていうのはいつものことじゃないか。
審判まで金で買っていたあんたらしくないじゃないか。
監督だって原のようなさわやか路線など似合わない。
ゼネコン出身の現場監督とかにしたらいいではないか。

どうしたんだい兄弟。
あんたの得意技じゃないか。
あんたの持ち味じゃないか。

巨人には本来の自分を取り戻していただきたい。
でないと、私が阪神を愛する意味も薄れてしまう。
しまいに、息子が巨人ファンになってしまう。
すでに私が幼いとき阪神に感じていた感情を巨人に持ちはじめている。
やばい。




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| T U | スポーツから | 16:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
六甲おろしを秋田で


昨夏のことだけども阪神×ヤクルト2連戦を見に友人&家族とスタジアムへ。
なにしろ秋田で阪神戦をやるのは50数年ぶり。
かなり盛り上がりました!
こまちも超満員だし普段はテレビでしか応援できない秋田のトラ党にもスタジアムで応援する楽しみをわかってもらえたか!?

しかしタイガースファンはどこにいってもすごい。
なぜあんなに盛り上がるのか。
もしもレフトスタンドで見ていたら息子などは
「野球部に入りたい」ではなく
「ブラバン部に入りたい」と言い出すかもしれなかった。

土曜日は会社から自転車でナイター。
終わってから盛り場に繰り出して六甲おろし。
日曜日は車でスタジアムへ。
終わってからイオンで晩飯食って六甲おろし。
柿食えば鐘が鳴るなり六甲おろし。

あー毎週こうだったらなあ。
どんなに楽しいかなあ。
秋田にも球団欲しいなあ。
これもトータルエンターテイメントなのだよ。
ラスベガスに球団あるし。
3Aだけど。

朝起きたら息子が金本アニキになりたいと言っていたのでほっとした。
今度は甲子園に連れて行こうっと。




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